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« うるま ちゅら島 琉球 | メイン | カサブランカ » 2006年07月07日マリア・テレジア宮崎の“ただいま”ステーション29.8kzです!
歴史の時間に ハプスブルク家 のことは習った記憶があっても、 「マリア・テレジア」の名前は ?でした。 ハプスブルク家の皇帝であったマリアのお父様の時代は、代々領地は子供達に 遺産として全員に配分しており、領地が細分化されることに、危惧されたお父様 は周りの反対を押し切って、長子に全領土をつがせる法律を作られ、 ハプスブルク家の長女に生まれたマリア・テレジアが初めての女帝となった そうです。 女帝となった時はすでに数人の子供の母親だったそうで、全部で16人も出産。 そのうち成人されたのは10人。 その中にフランス革命の悲劇の王妃マリー・アントワネットもいたのです! 妻、母でありながら、国を治めていく! そして領土を守るための戦いも! 超!超!! 超!!! スーパーウーマン だったのですね!!! 子供達に宛てた手紙が多数展示されていましたが、体のことを気遣ったり、 叱咤激励されたり、普通の母親の文面でした。 ヨーロッパに君臨した女帝であっても、そして時代が変わっても、人としての愛情 や思いやりは変わらないんですね。
↑ 左から5人目の小さい女の子がマリー・アントワネット
いつの日か ・・・ この眼でマリア・テレジアの世界を見てみたいな!!!
投稿者 kyu : 7/07 トラックバックこのエントリーのトラックバックURL: コメントコメントしてください |