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2007年01月10日

いじめ

ロータリークラブの広報誌に福岡にて行なわれた記念式典での講演内容が

記載されていましたので、気になる記事でしたのでご紹介させていただきます。

 

講演者は京都大学霊長類研究所教授の”正高 信男”さんです。

 

題目は「テレビっ子世代とテレビゲーム世代」

 

生まれてからテレビに浸かって育った人間というのは、

テレビっ子なのです。例えば、ホテルに行って部屋に入ったら、まずテレビをつける。

家に帰ると必ずテレビをつける習慣があります。

 

ニュースソースはテレビとなっており、何か流れてくるものを一方的に受けとめる

感じがあり、嫌だったら情報の流れを遮断すればいい。

それが、今の日本政治への無関心というものをつくり出したのだと思う。

ですから、私達の好みはメディアによって大きく影響を受けている。

 

テレビの次はなにか?

恐らくテレビゲームの普及。昭和48年くらい以降に生まれた年代が生まれたときから

ゲームにどっぷりと浸かっている世代ではないかと思われる。

その代表例がホリエモンです。

彼がニッポン放送の株を取得し、そしてフジテレビを買収

マスメディアは「買収して、メディアで何をするのか、ビジョンが見えない」と

たたきましたが、あのような批判はまるっきりあたっていなくて、

彼にとってはそんなことはどうでもいい。

彼にとっての興味は買収すること。自分の能力を使って企業を買収して、

自分のものにしていくのが面白い。ゲームをやるのが面白いのと基本的に一緒なのです。

 

ゲーム世代が成長して、いくつかのことが起こりました。

その一つにいじめ問題が社会問題になり、いじめが新聞で

大きく取り上げられ始めたのが1980年代後半。

もちろん、いじめは昔からありましたが、しかし、学校という場所でごく普通の

クラスの中で、いじめが極めて当り前になったのも、1980年代後半です。

 

サルの研究をしていると、よく、「さるにはいじめはありますか?」ときかれます。

サルの世界にはいじめがありません。

いじめというのは加害者と被害者の間で日常的に暴力の反復を起こすことですが、

サルは嫌だったらどこかに行けばいい。

同じところにいて、顔を突き合わせている必要がないのです。

 

もっと大事なのは、日本的ないじめにおいては、加害者と被害者だけではなく、

加害者が被害者に対して、いじめを加えることを見ている第三者がいるということ。

密室の中で、相手をいじめているだけでは、やる方は面白くない。

やりがいがあるのは、それを見ている人がいるからです。

見てる人に対して、「俺はこんなに力をもっているんだぞ」ということを

デモンストレーションできることがわかったときに、いじめはしつこくなります。

 

いじめを見ている人は、例えばイラクで自爆テロが起こったというニュースを

見ているのと同じ感覚なのです。

もし日本で同じようなことが起きれば、心が痛みます。

でも、イラクで起きてもあまり心が痛みません。痛む方はかなり奇特な方です。

なぜかというと、イラクに知り合いのいる人がほとんどいないからです。

 

人間の「私」というものは、境界を越えて関係にまで延びてきています。

他人との関係を含めて、私というものを形成しているからです。

知り合いがひどい目に遭えば、心に痛みを感じますが、全然関係ない人が

ひどい目に遭っても、あまり心が痛まない。

中学高校でいじめが起きるのは、自分のクラスメートであるにも関わらず、

遠い国のことのように見ているからです。「私」というものが、

体を超えて関係を含んでいくということが、人間の発達、成長なのですが、

そういう社会的な成長を十分に遂げていないのです。

他人は他人、「私」とは何の関係もない。

クラスで起こることも、テレビの中のこと、ゲームをやるのと同じこと、

というような人間が育ったときに、いじめ問題が社会問題として起こると唱えています。

 

 

結局のところ、便利さは能力と意欲を喪失させるということが大問題であり、

便利な世の中になる分、人間はサルに近くなっていくでしょう。

ですからそうならない為にもどうすればいいのかを真剣に考えることを迫られてる

ということを申し上げますと警鐘なされてました。

 

投稿者 morioka : 1/10

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